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カテゴリー: Blog

夏の思い出

まず咳。そこには咳があって、僕がいて、生活があった。他には何も無かった。咳と共に暮らしているうちに段々と咳に長けてくるというか、肺や気道に咳の高まりのようなものが充満する感覚に対して健康平常に過ごしている人なら抱くであろう「なんだこいつめ」とか「抗ってやるぞ」みたいな気持ちは僕にはもう全然無く、「どうぞ」という感じだった。それでもその「どうぞ」というのは、咳に対しての降伏という意味ではなく謙譲の意味での「どうぞ」だったので咳の止めたさ自体は凄くあった。咳止め薬というのを薬局で1200円くらい出して飲んだがインドデマルダシンみたいな名前の有効成分は降伏の意味での「どうぞ」で無効をかましてきた。

咳は体外へ菌を排出する為の発作という認識があったので、僕は自分自身の防衛本能が、身体の中に入り込んだ菌の排出では飽き足らず「業(ごう)」の方にターゲットを変更したように感じ、僕に殺された生き物や僕の存在そのものを不快に思う人々の事を想いながら震えた。
ベースの大野も全く同じ症状だったので、スタジオで会うたび(あぁ、業が深い人なんだな)と思ったし、聞こえるか聞こえないかの微妙な音量で「業、深いんだね」と言ったりもした。

8月4日ごろから出始めた咳は8月11日のライブ当日でも出ていて、本番は奇跡的に歌えたが終了後はまるで息をするかのように咳をしていた。
続く8月12日の未明に身体中に蕁麻疹が出てきて痒くなってきたので病院に行ったところ、「アレルギー性の喘息かな」との事で処方箋を獲得し咳は止まった。

かゆみとの暮らし。そちらに関しては「どうぞ」が降伏とか謙譲とか知らんと言うかただ「痒い」だろう、痒いし。けれど、まぁ僕は昔から皮膚が強くないので比較的、痒みには長けているというか、皮膚組織のすきまに痒みの高まりのようなものが充満する感覚に対して健康平常に過ごしている人なら抱くであろう「きゃぁ痒い」とか「やんなっちゃうよ」みたいな気持ちは僕にはもう全然無く、

で、もう何もする気が起きないとかそういう次元ではないくらい思考が持って行かれてしまうので僕はまず大量にカレーを作り、米を炊き、その無カレーを無飯にかけて食べては横になって天井を見つめる、起きる、天井見つめる、カレー、天井、寝、起き、天井、カレー、カレー、寝、寝、起、寝、天、カ、、みたいな生活をしていた。

蕁麻疹が引いてくると再生されたばかりの皮膚が外気や汗、肌着のこすれなどの刺激に反応してヒリヒリする。僕は蒸し暑い夜道で自転車を立ちこぎしている時、はじめてそのヒリヒリを認識したのだが、それがなんかめっちゃ夏っぽかったんだよね。

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