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ドゥ・ザ・ガラパゴス

バスや電車で座席を譲る際、その両隣に座っていた人に「譲らなかった奴」みたいな属性が薄っすら付く事や、高齢者が数字の面だけでなく実感として激増した事、などを真摯に受け止め、俺は基本的に最初から席に座らない方針を取っている。名付けて「エアー謙譲(けんじょう)」。この行動が、座席を譲る一声が掛けられない(そのタイミングを逃した)人達や、足腰に不安を抱える老人を、幾度となく救ってきたことは想像に難くない。だた難点としては「ただ立っている人」と全く見分けが付かない点、誰からも感謝されない点、また、座っている老人を捕まえ「それ俺が空けといたってん」などと事情を説明した場合トラブルに発展しかねない点、などが挙げられる。

親切、善行と呼ばれる行為は自発的にするものだが、自己申告制ではない。まして「徳を積めば死後、天国へ行ける」などという考えは「最終的には自分が良い思いをしたい」という利己的な精神を少なからず孕んでおり、それを美談で包んでいる点がかえっていやらしい。「基本的に自己満足したい」で全く問題ないと俺は思う。その自己満足や利己心をどう調理し、盛り付け、人様が食べられるレベルに持っていくか。または食べられないが美しいオブジェを造るのか。あえて何もしないのか。その工夫やセンスに人柄がじわっと感じられるのが面白いのであって、必ずしも感謝される事だけが善ではない。たとえ感謝もされず批判もされない生き方であっても、それは必ず人に影響を与え、世界を動かす要素になっている事に変わりはない。世間一般で言われる「いい奴」を演じる必要はないし、多数派に反発し世界を斜めに見る「とがった自分」を演じる必要もない。

以上は昨日、目の前に立つ高齢者に寝たふりでシカトを決め込んだ事に対する俺の言い訳です。真に受けないでください。

 

2年前までガラケーを使っていた。この「ガラ」は「無地」や「鶏」とは何の関係もない。

「ガラパゴス化」は俺の「月間 言いたい言葉ランキング」に於いては必ず上位に食い込んで来る強豪で、「ドンタコス」とは南の方の空気感の類似も含め、常にライバル関係にある。

ただ漠然と「取り残される」の意味で理解していたが、改めて調べてみるとこれはビジネス用語らしい。

「製品やサービスが日本国内だけで最適化された結果、国際基準からかけ離れたものになってしまった状態を指す」

という認識であっているのだろうか。まぁ、でも取り残されている意味に大きな違いはないのだろう、この言葉は世間ではどちらかと言うと否定的な意味として定着し、使われているようだ。

しかし今朝がたJames Brownを爆音で聴きながら「ガラパゴスッ 化ッ」などと合いの手を入れて遊んでいる内に、俺の認識は変わりはじめた。

「ガラパゴス化」というのは「くされ縁」のようなものではないのか。

先ほどの「日本国内」というのを「わかる奴」に言い換えるとわかりやすい。え、わかりにくい?

「対象を、好きすぎる、もしくは付き合いが長くなったことなどが原因で、世間一般の価値で評価できなくなった状態」とも言える。

そしてこれは、何かを猛烈に好きになった事がある人ならば誰もが経験した事のある心理状態である。そう考えると、ガラパゴス化という言葉がネガティブな意味で使われるのが何だかおかしな事に思えてくる。

俺はJ.Bのコアなファンではない(今日はたまたまそういう気分だった)が、たとえばThe KinksというバンドやNeil Young with Crazy Horseというバンドに対する俺の気持ちは「ガラパゴス化している」。それで特別困ったことはない。厳密に言えばかつて「周りと分かり合えなくて寂しい」という気持ちを抱いたことはあったが、人は皆それぞれだし、今では「分かり合えない」事を前提としているからこそ、「分かり合えたような気がする瞬間が輝く」のだと思っている。

J.B.ことJames Brownは1956年、自身のバンドのデビューシングル”Please, Please, Please”のレコーディングの最中、レコード会社の社長から「なんか君ノリノリでやってるけどさ、これPleaseしか言ってないじゃない。こんなの楽曲じゃないよ」と怒られている。だがJ.B.はこの時すでに「詞を歌い上げるのではなく、よりエモーショナルに伝える」事に音楽的価値を見出しており、その価値観はほぼ彼と彼のバンドの中だけで分かち合っていたものであるから、このセンスは当時ガラパゴス化していたと言える。というのは少々苦しい、かな。プリーズ。

「要するに〇〇はガラパゴス化してるんだよ。もっとマクロ的な視点を持ってさ、ブラッシュアップしていかないと。やれやれ」的に使われがちだが、考えが凝り固まり思考停止しているのは実は、ガラパゴス化していない側なのかもしれない。少なくともガラパゴス諸島は流されたり海に沈んだりする事もなく、独自の生態系を維持しながら今でも沢山の生き物が暮らしている。

ちなみにこういった議論の際「それじゃ経済が回らないんだよ」以外の理論を持たない人間は、その経済によって足元をすくわれた場合、苦労しそうである。「取りつく島もない」という言葉の島とはガラパゴス諸島のことなのか。

一人の人間のガラパゴス化した価値観が、歴史を変え、常識を打ち破ってきた。そんな例は枚挙にいとまがない。

「好きだから」「これしかできないので」「理屈は分からんが何となく、そうなんだ」という気持ちを、ただ「周りと違うから」というだけの理由で簡単に捨てたりせず、かといって意固地になり、あわや絶滅、とならない程度にはバランスを取りつつ、自分の心のガラパゴス諸島を守り続けられるのか。

それが「繁栄」を経た人類の新しい課題である。(スマホユーザー談)

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