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芋なんです

コンビニに「カット干し芋」が。夏真っ盛りだというのに割と目立つ位置に陳列されており「やみつきです!おすすめ」なんて手書きのPOPまでついていた。冬の間の売れ残りを何とか捌き切りたいのか、はたまた炎天下で干し芋をかじるのが中高生の間での流行りなのか。別に中高生を茶化している訳ではない。というのも俺が先週、駅のホームで電車を待っていたとき隣にやって来た部活帰りの中学生男子3人組が「腹減った〜」などと談笑しつつ、手持ちのコンビニ袋からおもむろに取り出したのはなんと「生ハム」だった。惣菜コーナーに透明なパウチで売ってるやつだ。しかもそれをまるで缶チューハイにあてるチーカマよろしく慣れた手つきで開封し(手元を一度も見なかった)、「生ハムとかっっ、ウケるっっ」的なはしゃいだ素振りも一切見せず、彼らは生ハムをビタミン炭酸で流し込みながら制汗シートで顔を拭きつつスマホでゲームをしていた。俺は突き指をしたような精神的ダメージを受け、電車に乗り込むなり急いで調べてみると、これは某若手女優がTV番組で「学校で生ハム食べるのが流行っている」と発言した事が始まりだという。そしてよく見るとそれは3年半も前の記事だった。一気に意識が遠のいた所までは憶えているが俺はその日どうやって帰宅したのかがまったく思い出せない。

干し芋の話だった。昨年の冬は空前の干し芋ブーム(単独、初)で、近所の八百屋から地方の食品を扱うアンテナショップまで、とにかく「それが干し芋であれば食べてみる」というスタンスであらゆる干し芋を食べまくった。「スティックタイプではなく平たいカットの方が好き」だとか「粉吹きまくりのパッサパサのやつが好き」だとか色々分かったが、最終的に近所の八百屋の「どこで作られたのか、どうやって干されたのかも定かではない、袋いっぱい入って380円の怪しい干し芋」がベストだった。食材の生産者の顔面まで見られるようになって久しいが、あの干し芋は背景が完全な闇であった。どんなルートを辿り、誰の懐を暖めるのか、それが明るみに出ればおそらく何人もの首が文字通りはじけ飛び、東京湾の魚の餌が増えるのだろう。表面の白い粉をめぐって、血で血を、否、血で芋を洗うような抗争が繰り広げられている。そんな危険な香りがした。八百屋のおっさんは「また来てね」と俺に笑いかけた。奴らはいつも笑っている。

芋で思い出すのは石焼き芋である。友達と飲んで大いに酔っ払った帰り道、駅前に石焼き芋屋を見かけるや、その時の俺は気が大きくなっていたのか「いしや〜きいも〜」のメロディにハモりをつけて歌い出した。すると友達もそれに合わせる形でハモり出す。「いしや〜きいも〜」。やがて女性パートも加わり、全体がメジャーの明るい響きを獲得したあたりで堪えきれず全員で笑い転げた。酔っているので。それは”i-shi-ja-kai-mau”という祈りの言葉のようで、売っている焼き芋がものすごく神々しい、とても我々一般庶民には口に出来ない代物のように錯覚した。じゃあ次はマイナーで行こう、という事で試してみる。すると今度は売っているおじさんにスポットが当たり、「俺が焼き芋を売るようになったのには訳がある、、、」「この石にはな、あいつらの想いが」的なスピンオフドラマが期待される響きに。当然それもゲラゲラ笑った。芋も買わず騒がしい事この上無い。その時は大丈夫だったが、もし怒られても「すべては酒と芋のせいだ」と苦しい言い訳をするしかなかっただろう。この遊びは文字で読むより実際に体験する方が遥かに面白いのは保証する。でも試して怒られても俺は責任は負わないし、きっと冬が来る頃にはみんな忘れているだろう。

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