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宇宙人は役に立つ

2時間の飛行と4分間の無重力体験ができる、3000万円の宇宙旅行があるという。「宇宙」の定義によっては、我々はただ生きているだけで宇宙の旅行者なのだが、それは屁理屈かもしれない。屁はどこまで昇っていけるのだろうか。匂いと同じように、上昇する力に個人差はあるのだろうか。「私の屁は、大気圏を突破することができます」などと言われたら身構えずにはいられない。

宇宙といえば、その魅力の多くは無重力体験にあると思う。地球を眺めるなど、視覚的な体験も素晴らしいが、VR技術を用いて人工衛星から撮影した映像を利用すれば、近しい体験は出来そうである(素人考えだが)。高精度な耳栓を突っ込めば臨場感はさらに高まるだろう。重力の問題さえクリアできれば地球で宇宙旅行は可能かもしれない。「そういうことじゃないんだ」という向きの意見もあるかもしれないが、宇宙に行ったことがない人が圧倒的多数の現在では「これが宇宙なのか!」と対象に思わせさえすれば、それが地球上であっても宇宙旅行になるのではないか。それは結構簡単に出来そうである(素人考えです)。宇宙ドッキリだ。そういったドッキリはかつて日本にロックミュージックがやってきた時や、インターネットが発明された時にもさまざまあっただろうと思う。最近で言えば仮想通貨や好きなことで、生きていく。的なのもそれにあたるのか。俺は夢のある話に水を差したいのではなく、言葉や理屈ではない本当の夢がどのくらいあるのかを確かめたいだけだ。夢のあるものが好きだし、そういうものに囲まれて暮らしていきたい。

夢の持つ力が最大になる瞬間は「その夢を見た瞬間、想像したとき」だと思う。「新しい概念を知った瞬間」と言ってもいい。

「あの海の向こうに、アメリカという国がある」「PCひとつで億稼げる」「波動を高めることでより高次元の存在になれる」「風が吹けば桶屋が儲かる」

最後のは ことわざだが、個人的には夢あふれていると思う。他のはちょっと俺の肌には合わない。

人間だけが使いこなせる特殊能力が想像力だ。

夢を見、想像することで現在を強く生きることができる。たとえば「神」という概念(特定の信仰が無いのでこう呼びます)も、それを想像し信じていたからこそ、多くの人が苦境を乗り越え、また喜びを分かち合えたのだろうと思う。物理的に何の変化もなくても「死んだあいつが見守っている」と想う事で普段以上の力を出せたりするし、「生まれ変わり」を信じることで、人に嫌な事されても「あの人は人間一回目だから、大目に見てあげよう」とも思える。「宇宙人」という概念が生まれた事で「我々」を指す範囲が「国」から「星」へと広がり、それまでより大きな視点で物事を考えられるようになった。ワレワレハ、ウチュウジンダガ、オタクラ、ナンカ、ヤバイ 、メ 、シテラッシャイマスシ、サッキカラ、カルーク、アシ、フンダハリマスケド、イッタイ、ドコノ、ウマノホネジャコラァ!!!デルトコデタンゾワレェ!!!!

これらとは反対に、その概念を知った事で狭量になったり、周りが馬鹿ばかりに思えたり、日々が虚しくなってしまうような夢も存在する。その人にとっては素晴らしい夢に違いないので見守るしかない。善も悪もそれを成すとき、たしかな夢を見ているのだ。

友達と喫茶店でダベっていた時、「つらいとき、苦しいとき、既存の信仰に頼らない新しい乗り切りかたを考えよう」となり、色々考えた末出てきたのは

「もっとちょうだいっ!!」だった。

「もっとちょうだいっ!!」と言うだけ。できる限りエッチに言うのがコツだ。心の中であってもかまわない。この言葉を唱えると不思議な事に、自身の不幸に対する許容が増える(訓練を受けていない素人の意見であり個人差があります)。
ここが限界だ、もう駄目だ、これ以上は無理だと思っていたはずなのに「んもっとぉ、、、、ちょうだいっっ!!!」と叫ぶ事で、まるで「甘いものは別腹」とばかりに、隠されていたキャパシティが突如出現、どんな苦境も受け入れ、乗り越えられる(個人差がありますし、素人の考えです)。「負けるものか!!」とか「かかってこいや!!」ではこうした効果は得られない。あえて抵抗せず、全てを受け入れることで幸、不幸や善悪の概念がネクストステージに突入する。なんだこのダサいキャッチコピー。理屈はともかく、やってみるといい。「もっとちょうだいっ!!」と言う前と後とでは人間として大きく変化したことが実感できるはずだ。世間一般から「変態」とか「スケべだね」とか言われるかもしれないが、そんな声に対してすら「もっとちょうだいっ!!」を行使することで、一目置かれる存在になる、または今後距離を置かれること受けあいだ。

「夢を持たない若者が増えた」と言うが、人に夢を語るステレオタイプな若者が減っただけで、皆それぞれ夢は持っていると思う。「人に語れないなんて、そんなもの夢じゃない」というのはあまりにも夢がない。

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