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行書くん

人の家に遊びに行った際、往往にして何か物を借りている気がする。本やCDなど、家主でさえその存在を忘れているものが多い。

先日遊びに行った家で借りたのは、ボールペン字講座の副教材「楷書 行書 字典」だ。非売品。辞典でなく字典である。これがパラパラと見ているだけで楽しい代物なのだ。

常用漢字の楷書体・行書体のお手本が、音読みアイウエオ順でひたすら列挙されている。

たとえば、これは「百」。

普段から楷書の文字ばかり見ているので、あまり馴染みのない行書体に目がいく。この「百」の崩し方が好きだ。うまく省略されていて、見た目にも美しい。

もうひとつのお気に入りは「湾」。

人が二人並んでいる抽象画のように見えて素敵だ。どことなくPink Floydの「炎」を思わせる。もし俺がイギリス人だったら行書「湾」Tシャツを着て、ジャパニーズから失笑を買っていたかもしれない。

これも「背を向け、堪えきれず一筋の涙が頬を伝った顔」の描写に見える。「止」の意味とのギャップが生まれている点も素晴らしい。

これを果てしなく連続させ、色を付け「柄」とすれば、民族衣装のようないい素材になりそうである。ギターのストラップなんかにも良いかもしれない。

 

この本は勉強にもなる。教材なのであたりまえだ。

この「馬」の潔さよ。ちょんちょん、なんて野暮ったい動きはしないのである。省略してナンボ、読み手に「あとは察してくれ」と言わんばかりの潔さだ。

「鳥」も同じく最後はシャッと一画。書くとき「ハイ、飛んだー」と声に出すとウザくていいかもしれない。行書は生き物の躍動感さえ表現しているのだ。

 

しかし、である。

行書はそう簡単なものではないらしい。それとも単に、魚類を生き物と見なしていないのか。謎ルールである。

「豚」も生き物として扱われていないようだ(ちょんちょんが無いだけですし、ちょんちょん=生き物のしるし、では無い)。

 

わくわくしながらページをめくっていると、何だか怪しいものも出てくる。

ん?

これはどうなんだ。なんかちょっと、残念になってはいないだろうか。厳しい寒さがやわらいでいる感じはするが。

こいつも平気なツラして並んでいるが、職質されても文句は言えないだろう。

極め付けはこちら。

嘘だろ、、、?

もう面倒臭くなっちゃったのか、単純作業からくるストレスなのか、俺は行書のことが心配になってきた。

ちなみに皆さんの予想通り、あちら側も、

凄惨な状況を呈しております。

というか「凸」もそうだけど、いくら筆の流れを重視したとはいえ、構造を表現する漢字として穴が空いているのは、いかがなものだろうか?スッカスカじゃヘコみもへったくれもないじゃないか。穴が空いてるイメージが勝っちゃダメでしょう。

まぁいい。

勉強はつづく。

「湾」に見られたように「さんずい」を二画で省略する形が、いかにも行書という感じでホッとする。この基本は押さえておきたい。

 

だが、「にすい」は省略せず、きっちり二画のままだ(筆の流れは表現する)。為になる。

 

 

「木へん」の略し方もすっきりしていて、大人の余裕を感じさせる。これは俺も使っていきたい。

 

行書の限界を知ることもできる。

頑張ってる。行書すっごい頑張ってる。でもこれほぼ「個体差」じゃん。「行書してないぞ!」と送り返してもおそらく返品はきかないだろう。

行書、もがいてる。行書、頑張ってる。

きびしい戦いだ、、、。

これはつらい。「八」なんて、もうどうしようもない。いいんだよ行書くん、たまには負けたっていいんだ。俺は味方だよ。

 

行書楷書とは別に、この本の漢字のセレクト、および音読みアイウエオ順という条件下でしか起こりえないミラクルもあった。

ページをまたぐ、スーパー・ネガティブ・ヴァイブレーション。「ダ」祭。ここまで来ると逆に爽快で、むしろ良いヴァイブス出てる、俺、思う。いぇあ。

実質、漆(うるし)

新素材なのだろう。「いえ、お客様。こちらはもう実質、漆みたいなものですから」と、お椀の購買を迫るのだろうか。現代的なセールストークである。

エロ

となりの「護」がいい味出してる。エロ・マモル。

惜しい。実に惜しい。

こうでなくちゃ。

 

このように、人にとっては用済みのガラクタでも、俺にとっては楽しいおもちゃとして機能するのである。しかしそんな事は誰にでも経験がある事だし、それゆえに中古市場やオークションが存在するのだし、俺がこの数日でこの本に完全に飽きた事は否定できないので、偉そうに口上垂れずに黙って返却する所存です。

最後に、マイベスト行書を。

逃げる寸前の空気感、逃げようとする人の心の機微が詰まっている。

こんな風に美しくあれたらいい。

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