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俺と悪魔の固定概念

不注意で起こしたミスが、ただのつまらない失敗ではなく、新たな発見を生み出すことがある。何度も貼り付け出来るふせんや、ギターのフィードバック音など、そういうエピソードを持った発明は世の中に多くみられる。

今はネットで何でも調べられるので、「その気になれば何でも知ることができる」と考えがちだが、それは「知らない」事と何の変わりもない。むしろ検索機能や、そのアクセス情報を解析した”お客様好みのカスタマイズ”によって、自分が興味を持つものや、自分の得意なフィールドの知識ばかりが増えていき、興味のないものや苦手なものからは遠ざかる傾向にある。これを「パーソナライズドフィルター」と呼ぶ。この仕組みが良い事か悪い事か、ただの個人的偏見なのかは分からないので、その是非をここで議論する気はない。

しかし、この仕組みの怖いところは、ネットで何でも知れる&自分の好みの情報は自動で集まるという前提で過ごすがゆえに、「好きなんだから情報が流れてこない筈がない。俺はそれを知らない筈がない」という、ある種異常な心理を生む点にある。つまりネット世代版の「知ったかぶり」「知的横柄さ」を生んでしまう点にある、と俺は考える。

なぜこんな事をつらつら書くのか。俺がまさにそんな心理に陥って恥をかいたからである。

ある日、自宅にて久々にRobert Johnsonが聴きたくなった俺は”King of Delta Blues Singers”のLPをプレイヤーに載せ、針を落とした。Robert Johnsonといえば「クロスロード伝説」「悪魔と契約したブルーズマン」などの異名を持つ、戦前ブルーズにおける重要な、、、もういい。こういうの書いてるとシラけてくるので、彼について知らない方は調べてください。

で。その時は酔っ払っていたのか熱を出していたのか、ちょっと思い出せないが、とにかく俺はボウっとしており、しかも何となく雑誌をめくりながら適当に聴いていたのである。するとどうだろう、今日はなんかカッコイイ。いやに渋い。重厚さもあり気迫に満ちている。不思議だ。だが、音楽を聴いていて、こういう事はたまにある。いつもと聴こえ方が違うとか、やけに沁みるな、とか。

でも今日は違う。なんだか少しずつ、一歩ずつ、彼が近づいてくる雰囲気すらある。雑誌を広げてはいるが、俺の視覚はその機能を失い、意識は完全に音楽に集中していた。

クロスロード(十字路)で悪魔と契約する際、真夜中にその四辻で得意な曲を演奏し続けていると、悪魔が近づいてくる。決して悪魔の姿を見てはいけない。悪魔はあなたのギターを取り上げ、自分のものと交換し、特別な調弦を施す。その最中、演奏を止めてはいけない。やがて調弦の済んだギターを返してくれる。悪魔はゆっくり近づき、あなたの顔を覗き込むが、悪魔の目は絶対に見ないこと。悪魔が立ち去り、一人きりになる頃にはあなたは あらゆる超絶技巧と、たちまち人を魅了してしまう不思議な力を得ている。

これは契約である。あなたは力を得る代わりに悪魔に魂を引き渡し、例外なく27歳でその生涯を終えるだろう。

 

まさか、悪魔が。この部屋に?

でも俺、28歳。「27歳で死ねなかった男たちのブルーズ」があるとしたら悪魔はそれをどう聴くか。知るか。

 

原因は、悪魔ではなく「回転数」だった。気づかずフェーダに触れた為、回転数が少しだけ下がっていた。つまり、設定を誤り、いつもより低い音程で再生していた訳だ。

そしてレコードプレイヤーの前で原因を突き止めたその瞬間、俺の中で知らないうちに堆積していた ある疑問 が、一気に弾けた。

「もしかして、戦前ブルーズは回転数違うんじゃないか?」

そういえば戦前ブルーズはギターの音も、ウクレレとまでは言わないがやけに高いし、曲のキーも高いものが多い。声もだいたい鼻にかかって甲高いが、俺はこういった要素全てを「古い音楽はそういうものだ」と思って聴いてきた。しかも初めてRobert Johnsonを聴いたのは”The Complete Recordings”というCD媒体だったし(汎用プレイヤーでは速度調節できない)、ライナーノーツには名だたるミュージシャンが「最初はさっぱり分からんかったが、あるとき急に分かるようになる」的なコメントを寄せているしで、音源そのものを疑う気は俺には微塵もなかった。

でももし、その「あるとき急に分かる」が「再生速度の気づき」を指しているとしたら、、?

現代のような録音技術がなかった1920〜30年代。爆発的に普及したラジオの脅威に立ち向かうべく、レコードがビジネスとして模索を始めた時代に於いて、回転数の規格や、安定性を持った録音機材が、さまざまな音楽に、特にブルーズに対して平等に使われていたかは甚だ疑問である。

ここまでは俺がその時考えた個人的な見解。

ようやくネットで調べてみる。

その是非が世界中で問われてこそいるが、この「戦前ブルーズ回転数問題」は、マニアの中ではある種の常識として扱われていた。調べた中には、当時の録音機の部品を現地の骨董品やガラクタの中から探し出し、膨大な資料の中から、考えられる仮説をいくつも立て、コンピュータで誤差を割り出し、「本当の音はコレ」としている団体もあった。正直、若干胡散臭い団体だが(失礼)、俺が体験した事を突き詰めていくと、そういうことになる。団体は研究に掛かった費用を回収する必要があるので、どうしても怪しい雰囲気(真実を掴もうとか会員限定情報とか)を醸し出してしまうが、レコードの再生速度を落とすぐらいだったら簡単に出来る。データ音源でもDJアプリで速度可変出来るし、レコードプレイヤーが無ければYouTubeで”speed adjusted”と検索すると色々聴ける(スポーツサイクルのギア調整動画も出てくるが、それはそれで楽しい)。

本当にただ自分の感覚に任せて少しずつ速度を落とすだけでいい。「真実の音」ではないかもしれないが、あるポイントで「おおお」となる筈だ。

そこには悪魔や伝説で誇張されていない一人の男の、繊細で力強い音楽がある。

 

恥はかいたが、自分なりのRobert Johnson回転数を内袋にメモって(曲ごと録音日ごとに微妙に違う)いる時、俺は幸せだったし、生きている感じがしたし、悪魔とも仲良くやれていたと思う。「知ってる知らない」の事実よりも「知っていく」過程にこそ、生きる喜びが溢れている。

人を惑わす本当の「悪魔」とは、”そういうものなんだから” ”こうでなきゃいけない”という「固定概念」の事を指すのだと思う。

 

 

ちなみに、年代や時代背景的にもディキシーランドジャズなどは、速度調節し甲斐のある音楽だと思います(蛇足かもしれない)。楽しかったです。

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