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さよなら、エイトダイモス

昨今の駅直結型ショッピング施設の充実ぶりたるや凄まじい。

食品や雑貨を売るのはもはや当たり前で、ご当地のお土産がご当地に行かずして買えてしまったり、散髪やマッサージが出来たり、ネイルをしてもらえたり、洋服を売っている駅もある。洋服に関しては「ネットで買えるけどやっぱり試着はしたい」という需要があるのだろう、店舗面積に少々無理があっても店を構えるブランドが多い。そこでは駅直結型のアパレル店員達が、改札を通る前に試着室を通って行きませんかとばかりに日々、声かけに励んでいる。

俺の観測の結果、アパレル店員の口腔内は「み」型である。「み」の発音を保ちつつ、全体のキーを上げながら声を出すのがスタンダードだ。

「ミリッシャイミシーェ、ティンヌイ、グユッキュリ、グルンクディサィヤセィー」(いらっしゃいませ、店内、ごゆっくり、ご覧くださいませ)

「ティドゥイミ、ティンヌイ、ズィンピン、グジュッピァーセンティオフィリース」(ただいま、店内、全品、50%オフです)

「ウキミヌ、シンシューヒン、ニュークイトゥシミシティー」(秋物、新商品、入荷致しました)

少々読みづらいかもしれないが、これはたとえば”Get off”を「ゲロォフ」と表記するのと同じ事なので、原音にかなり忠実かと思われる。

俺はこういった職業ごとの特殊な発声法が、人間の生態系を表すひとつの要素だと考えているので、移動中イヤホンを外す事が多い。

バスの運転手は「しゅ」型である。

「グジューシュ、ゥリグトゥザイゥシュ」(ご乗車、ありがとうございます)

「シェー、シュギシュー、シュユクシュムェー、シェ、シュユクシュムェー」(えー、次は、市役所前、え、市役所前ー)

バスは環境音がうるさいので、そんな状況でも乗客の注意を引く為に独自の進化を辿った、というのが俺の見解である。これは電車の車掌にも言える事だが、電車の方が音響的に有利なので「しゅ」よりかは「え」と「あ」と「しょ」をミックスして発声する「しょえあ」型が主流だ。

もう例は挙げない。

 

かつて、お気に入りのハンバーガー屋があった。カラっと晴れた休みの日なんかによく通った。全国チェーンだがその店舗はフランチャイズ経営なのか、通常店と比べて自由度の高い雰囲気を持っていた。俺はそのゆるい雰囲気やハンバーガーの味も好きだったが、そこに通っていた一番の理由は「エイトダイモスさんが働いているから」だった。

御察しの通り、「エイトダイモスさん」は俺が心の中で勝手につけた名称であって、実名ではないし、もちろん世間では一切認知されていない。エイトダイモスさんは優しくて、おっとりしていて、きつめのパーマがかかった、背が低くて目の小さいおじさんだ。実世界では他のアルバイト達から「店長」という名称で慕われていたように記憶する。

なぜ「エイトダイモス」なのか。それは彼が、客の退店時に必ず、

「エイトダイモース」と声かけしていたからだ。退店時だけではない。お金を渡す時も食器を返す時も、彼はさまざまな「エイトダイモス」を使い分けながら接客をしてくれる。

もうお分りだろう。彼は「え」型、もしくは「め」型の使い手であり、「エイトダイモス」とはつまり「ありがとうございます」を意味している。

当時は気がつかなかったが俺はおそらく「エイトダイモス」を聴きたいが為にハンバーガーを食べに行っていた節がある。そして推察するに、そこの常連、アルバイトも含め、みんな無意識下では「エイトダイモスが聴きたくてたまらない」状況であった事が容易に想像できる。さらには本人でさえも「エイトダイモス言いたい」が為にハンバーガー店長職についていた可能性だって否定できない。ミイラ取りがミイラになるように、エイトダイモス使いがエイトダイモスに支配される事は充分に考えられる。ただのお遊びだったはずのエイトダイモスが、まさかおじさん一人の人生を狂わせるなんて、知らない事はなんて恐ろしい事なんだろう。真夏の真っ昼間にブログ書きながら震える。

一時期、その店に行かなくなる日が続き(なんとなく)、久々に行ってみたら店は少し雰囲気が変わっており、言い換えると「ちゃんと」しており、俺はいつものバーガーを注文しつつ厨房に目をやった。だが、そこにエイトダイモスさんの姿は無かった。

俺はうなだれ、心の中で呟いた。「直営店になっちまったのか、、、。」

悲しい気持ちでバーガーを待っていると、入り口のドアを勢いよく開ける音が。2人組の男女客の入店、と思いきやその後ろにいるのはエイトダイモスさんご本人ではないか!なんだ休憩してただけかぁ!俺は嬉しくなり声を掛けようとしたが「エイトダイモスさん!」と叫ぶのは完全にヤバイ奴だというくらいの冷静さは持っていたので、自分の身体を揺する程度に留めておいた。

「やっぱり晴れた休日は、ハンバーガーとエイトダイモスに限るぜ!!」とヴォリューム0.5で囁きながら、俺は大いに昼食を楽しんだ。久々一発目の「エイトダイモス」はやっぱり自分に向けて欲しいのでイヤホンを装着。Diana Ross & the Supremesで決まりだ。

そして退店時、全俺が待ち望んだ瞬間を前に、つまらない取りこぼしの無いよう、エイトダイモス本人がセットポジションに着いている事を指差し確認。忘れ物も無し。俺は席を立ち、耳のイヤホンを引き抜き、ドアを開けた。

「ありがとうございます!」

え?

俺は思わず振り返った。

「ありがとうございます!またお越しください!」

それはたしかに、エイトダイモスの口から発せられている。

いや、それはもう俺の知っているエイトダイモスでは無かった。

正しく明瞭な「ありがとうございます!」は、何か大きな力が彼とその店を「教育」したことの、何よりの証拠だった。

俺は足早に店を去り、道中座り込んでひとしきり泣いた。

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