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逃げ水

都営バスが終点の高円寺北口に到着するその寸前、駅前で信号待ちをしているM田くんを発見した。M田くんは昔のアルバイト先の後輩で、ゼリー飲料が主食の大学生ゲーマーだ。といっても現在何をしているかは不明なので、ひょっとしたら固形物を食べ、留年を決め込み、別人と化しているかもしれない。だがその線の細いシルエットや、洋服の色づかい、もう少しで前歯が飛び出しそうな前傾姿勢はM田くんに違いなく、俺は急ぎの用も無かったので後を尾けてみることにした。

乗客が2人連続で現金両替をしたおかげでバスを降りるのが遅れてしまった。M田くんが居た信号はすでに変わっており、彼の姿は無い。

「M田め、、、。」俺はタバコに火を点けようとしたが駅周辺は禁煙である。もう1週間もタバコを吸ってない。

高円寺北口から中野方面へ伸びる線路沿いの道に、M田らしき後ろ姿を見つけた。すぐさま駆け出し後を追う。彼はコンビニへ入った。夕方の時間だが太陽はまだ高く、気温もしばらく下がりそうにない。

「水分補給か、、、いや、ゼリータイムか、、、」俺は悩んだ。が、じりじり照りつける太陽が痛くなってきたので堪らず入店。M田と鉢合わせる危険を伴うが暑いんだからしょうがないじゃないか。

M田は雑誌を立ち読みしていた。近頃のコンビニは立ち読みされないよう封がされていたりするが、M田はどうしても立ち読みしたかったのか、封のされていない「作り置きおかずレシピ」的な雑誌を読んでいた。ゼリーが主食とはいえ、おかずは10秒以上かけてチャージしたいらしい。じっと見ているとバレるので俺は猫の缶詰とアルカリ単三電池パックを両手に持ち、日常の風景に溶け込んだ。

M田はコンビニを出た。スマホの画面を見ながらニヤニヤ笑っている。再び中野方面へ歩き出すのを確認すると俺は会計を済ませ、冷房によってひんやりしている単三電池を首筋に付けながら尾行を再開した。

この道は環七通りにぶつかるまで殆ど変化が無い、まっすぐな道だ。仮にM田の野郎が振り返ったら俺はそこでゲームオーバー、今年の夏はそれで終了。親族は皆悲しむことだろう。だが幸いM田の野郎はスマホに夢中だったので俺は途中、彼の背に付きそうなほど近づき、頭部を前後させるファンキーな動きを挟みつつも一切気づかれる事なく、環七までの尾行に成功した。

M田の野郎は環七で右折、南下した。

「東高円寺に向かっているのか、、、?それとも」と考える俺をよそにM田のあんちくしょうは再び右折、つまり元の高円寺駅側へと逆走を始めた。

まさか、気づかれたのか。俺は焦った。尾行を撒くにしてはスピードが遅すぎる。実はM田のは早々に尾行に気づいており、気づいていない振りをして俺をアジトへ誘い込もうという魂胆だったのでは。可能性は低いがゼロではない。冷たい汗が背中を伝う。首筋の電池はもう熱い。

 

M田は立ち止まった。

こちらの心の声を聴いているかのような動きに、俺は声を出しそうなほど驚いた。ゆがむアスファルトの上の悪寒。

M田は振り返り、スマホを凝視しながら俺のすぐ脇を通り抜けた。

その間わずか5秒。俺は魂が抜かれたように、そこに立ち尽くしていた。

 

それはM田くんでは無かった。完全な人違いだった。

 

俺は恥ずかしくて情けなくて堪らなかった。

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