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三角形が五角形になったらそれは三角形じゃない

サンドイッチがさらに美味しくなったそうだ。大手コンビニチェーンの広告が宣言していた。しかも今度は「サンドイッチ革命」と銘打っている。

 

革命にはあえて何も触れず、話を進めよう。

俺はタマゴサンドが大好きだ。あれは何と言うか、人類が導き出したひとつの答えだと思っている。形、色、食感、どれをとってもシンプルで、どこまでも深い。あれは何と言うか、人類が導き出したひとつの答えだと思っているってさっきも言ったわ、っへへ。っふへへ。

ほいで、タマゴサンドは色々食べてきたんだが、結局のところコンビニのタマゴサンドが一番うまい。うまいと言うかやばいと言うか、妙に背徳的な味わいがある。手作りしたこともあるが、どうやってもあの感じを出すことが出来ない。むしろ遠ざかってしまう。やはり添加物による味の変化なのか。

はっきり言ってしまおう。コンビニのタマゴサンドは食品添加物との完全なる調和を楽しむ食品である。

自然と人工物、そのどちらが欠けてもあの味は出せない。「コンビニのタマゴサンドは白身だけで作られている」という話を聞いたとき、俺は興奮した。ザッツ・エンターテインメントとはこのことである。落語家がうまそうに蕎麦をすするように、そこに黄身が居ると思わせる技術。もちろんすべてのタマゴサンドがそうではないと思うが、普通のタマゴサンドより白身だけのタマゴサンドの方がより、芸が磨かれているような気がする。

そのエンタメ性に着目し、俺は大手コンビニチェーン5社のタマゴサンドを食べ比べた事がある。するとどうだろう、原材料も価格も冗談としか思えないF社が群を抜いてうまい(個人の感想です)。人の目を盗みながら食べたい一品だ。この「タマゴサンド食べ比べ」は色んな人がやっているが、F社は人気がない。パンがふわっとしているS社や、素材にこだわったL社が人気だし、それは正当な評価だと思う。

だが、俺は何かがおかしい、とも思う。以前「ものっすごい牛丼とは何か」という疑問が湧いて、例のごとく大手3社を食べ比べたのち、それなりに値の張る牛丼を食べに行き、可能な限り高級な素材で手作りしたものを食べたのだが、その結果たどり着いた結論は「牛丼が良くなっていくと、ある地点で すき焼きになる」だった。わ、笑うな。つまり制限なしで牛丼のレベルを上げていくと使用する牛肉のレベルが突出してしまい、それはいわゆる良い肉をさっと煮て食う料理SUKIYAKIと化してしまう。牛丼とは「牛肉その他を煮て飯にぶっかけたもの」を限られたコストの中で達成するエンターテインメントであると、この時に確信した。これをジャンクフード・シンギュラリティ(ワンコイン特異点)と呼ぶ。

やたら牛丼を語ってしまったが、コンビニのタマゴサンドも同様である。企業はそれを売らなければいけないので「さらに美味しくなりました」「素材を見直しおいしくなりました」などと宣伝する。それを批判する気は無いが、コンビニのサンドイッチは「もうずっと前からおいしい」のだ。これ以上おいしくする為には、まず「コンビニで売らない」事が求められるがそれはもうコンビニのサンドイッチではない。なので「サンドイッチ革命」なんて、ちょっと心配になる宣伝文句が使われるのは、仕方ない。

ぶっちゃけてしまうと、添加物にまみれてる頃の初期衝動むき出しのタマゴサンドから、3rdアルバムで卵とアルギン酸エステルが溶け合いアート性を獲得した辺りがタマゴサンドのピークであり、あとはもうスタジアムでパンをふんわりさせる事の繰り返しである。この活動を続ける事も、やめることも、正しい選択だし、それぞれの道があると思う。俺はそんなタマゴサンドを、応援し続けたい(何を言ってるんだ?)。

ちなみに俺は小麦粉製品を食べるとお腹がゆるくなる(この体質を知って人生が明るくなった)。しかし、この世に小麦粉製品ほど夢を見させてくれる食品はないので、ここぞという時や、人と食事を楽しむ時は遠慮なくいく。盛大に食う。別に覚悟を決めて、という程のものではないが、こうした遠慮のない気持ちで頬張るタマゴサンドやカップ焼きそばは、舌が寝返りをうち二度寝をかますほどに、うまい。

自分の面倒な体質によって制限が増えたが、考えてみると結果的には俺にとってのタマゴサンドのおいしさが増している。

これは1年くらい前に気づいた体質で、それまで何となくあたりまえに食べていたものに大きな変化が起こった、貴重な体験と言える。

つまりサンドイッチ革命とはこのことだ。

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