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物・見届け人の手記

人と比べて「物持ち」が良い。「彼は物持ちだ」と言うと物を沢山持っている人という意味になるが、今回は「所有物が長持ちする傾向にある人」という意味である。

自分から意識して買い換えない限り、平気で10年20年経ってしまう。と言っても、物それぞれに寿命は様々なので、あえて喩えるなら「(その物の)一生ないし二生、うまくすれば三生」ぶんは持つ。物に輪廻転生があるのか知らないし、人のそれすらも定かではないが、俺が使う物は比較的クロノロジカルな人生を送る運命にある。

それが愛情から来るものなのか貧乏性から来るものなのかはさて置いて、靴下に穴が空いたら縫うし、切れ味の悪い包丁は研ぐ。網戸も張り替えるし、セーターも自分で洗う。それなりにケアはする。ただあまり構っていると物が調子に乗る。分かっていただけるだろうか。構いすぎた物は壊れやすくなる、というこの偏見。付かず離れずの距離感が長い付き合いを生むのだと思っている。

我が家の洗濯機はそういった意味で、ほど良い関係性の代表と言える。雨ざらしのベランダで10年以上、俺の衣服を洗濯し続けている。

3ヶ月ほど前から、ボタンを押した時の確認音が、新品時の「ピッ、、ピッ」から「ハァッ?、、ハァッ?」に変わってきた。俺は最初こそ、その突然の「ハァッ?」に戸惑ったものだが、今となっては「そうだね、ハァッ?、だね」と微笑みながら外装の苔を指で拭うのである。

彼はもうとっくに定年を過ぎており、排水のホースは穴だらけで、脱水の度に内容液がそこから漏れる。プラスチック製の蓋は白骨化し、巻き込み事故防止の開閉センサは、とうの昔にその役目を終えた。最近では7回に1回くらい「すすぎ」を途中であきらめてしまう。俺は「いいんだよ、すすぎなんて別に」と手を突っ込んでかき回し、そこに出来た小さな渦をじっと見る。

知人の洗濯機は最近壊れたようで、それは「洗い」の途中の事だったと言う。使用環境や購入時期が似ていた事から、「そろそろ、、か」と身を引き締めた10月。

名前を付けようか悩んだが、それはただ悲しい気持ちを助長させるだけなのではないかと思い、していない。彼には、いち洗濯機としてその生を全うしてもらいたいのだ。

すりガラス越しに老いゆく彼を、冷蔵庫が見つめている。もし彼が逝ったら彼女も後を追うように10度以下の冷蔵をやめてしまうような、そんな気がしてならない。俺は二人のことを夫婦だと認識している。とくべつ仲が良かった訳ではない。会話もなく、笑顔もない。周りが褒めそやすような関係性には程遠かった。しかし二人の間には白物夫婦としての確固たる何かがあった。それを絆、と呼べるほど俺はまだ人生を生きてはいないが、それを感じる事は出来る。

1年前、ヘアドライヤーを買い換えた。16年使った「シーン・ターボ(静けさの しーん の意)」は、晩年「ターボ」の方に比重を置いた爆音を轟かせるようになった為、こちらから戦力外通告するに至った。壊れる前に買い換えた訳だ。新入りは先代に比べ風量が少ない気もするが、なかなか良くやっている。

そういった経験があるので、先述の夫婦を「最期まで見届けるか」「いま送り届けるか」は大きな問題である(このアパート内での)。

だがもう答えは出ている。

真っ白に燃え尽きた白物家電なんて最高じゃないか。

俺はその瞬間を見届けようと思う。でも「脱水」まではやって欲しい。

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