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コーヒー(2杯目)

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渋谷という街は自分にとって特別な、第二の故郷的な場所ですね、みたいな会話が全く似合わない俺なのだが、かつてのアルバイトや、行きたいレコード屋、観たい映画の上映館の都合で、何だかんだと渋谷のお世話になっている。そして何故か行く度に道を尋ねられる。もっと渋谷に得意そうな人は山ほどいるのに。

とあるおばさんは中国語っぽいニュアンスで「”どっ”は何処にある?」と訊いてきた。

「どっ?」

おばさんはスマートフォン見せる。そこには漢字が並んでいるが日本のそれとは微妙に違っており、読み取れない。ヒントは「どっ」のみ。レストランか何かか、それとも商業施設の漢名か。昼前のスクランブル交差点は混雑をきわめる。信号待ちが解除されるごとに合戦が始まるような迫力があるが、その戦が3回終わっても俺には「どっ」が分からなかった。自分で調べるにも、表示された漢字が入力できないので調べようがなかった。俺は身振り手振りで訊く。

「食べるところ?」

「ノー」

「楽しむ場所?」

「ノー」

「買うところ?」

「ノー」

俺のポップな動きに対する返事がクールすぎてツラい。結局、おばさんは自分でそれを見つけたのだが、”どっ”とは「忠犬ハチ公像」の事だった。彼女はずっとDogと連呼していた。

言いたい事が沢山あったが、「もう俺が馬鹿という事で良いから、楽しんでください」と言い、その場を離れた。

 

交差点を渡ると、次は男の声で「どっ!どっ!」と聞こえてきた。「っだぁ!っくらぁ!」と、今度のは穏やかじゃない。喧嘩かと思い目をやるとそこには見るからにカタギでは無さそうな男が仁王立ちしていた。柄シャツに太めのスラックス、ティアドロップのサングラス。剃り上げられた頭がギラギラと黒光りしている。身の詰まった体型は、任侠映画に出てくる一太刀ではくたばらないタイプの幹部役を思わせた。俺は瞬時に彼を「うみぼうず」と名付けた。

誰かと揉めている様子はない。彼はただ一人、空間に向かって怒号を飛ばしていた。気がふれている人かなと思い素通りしようとしたが、その直後、俺はうみぼうずが怒号と共に飛ばしている唾が、水平に飛ばされている事に気付いた。通常、唾は下方向に向かって吐かれるものである。また、外国の映画で「最大級の侮辱」として真っ正面から相手の顔面に唾を吐く行為が見られるが、うみぼうずのそれは違う。地面や顔面などに向けられてはいない。ただまっすぐ水平に、虚空へ向かい唾を飛ばしていた。不思議と誰にも当たらない。しかも怒号も唾も毎回全力で、周りの空気がビリビリと震えるような気迫があった。

俺はその時、酒に酔っていた訳でも、寝不足の変なテンションでもなかったのだが、何となく気になって話しかける事にした。

「ここで何してるんですか?」

「 あ ?」

めちゃくちゃ怖い。

だが、これは感覚的で非常に言葉にしづらいのだが”何か大丈夫な感じ”だった。というのも、俺は冷やかしたい訳ではなく純粋に彼に興味があるからだった。

「何してるのかなぁと思いまして」

「なんだお前」

「仕事で、待ち時間なんです(嘘)」

「そうか、仕事は大事だ。男は働く*@>¥(聞き取り不可)」

大丈夫だった。いや、大丈夫じゃないかもしれないが。

こちらが訊いた事の直接の回答が得られないタイプの人であり、喋りは支離滅裂だが、それでも勝手に喋ってくれるので意思疎通は厳しくも取材そのものは可能だった。

彼なりの仕事論に耳を傾けていると途中、

「ここのコーヒーも、あんなのはコーヒーじゃねぇ!あんな糞まずい*@>¥」と背後にそびえる世界一有名なコーヒーチェーンを指して言うので、これは何かある、と思った俺は

「いやぁ俺も全然行かないですね(これは本当)」と返す。すると、彼は少しずつ、自分の気持ちを語り始めた。

そしてそのコマ切れの情報を組み合わせて要約すると、どうやら彼は

そのコーヒーチェーンへの反抗の形として、そこに立っているという事がわかった。

 

思えばこの会社は、米国の店舗での人種差別問題、とある巨大企業が絡む訴訟問題で不買運動が起こるなど、近年では「おしゃれ」や「ドヤ顔」なんて悠長な事は言ってられないような側面が明るみになっている。購買者の思想によっては、好き嫌いを超えて線を引く人が居ても何らおかしくはない。

うみぼうずが怒号と唾を飛ばすこと、それが特定の人間に向けられていないこと、ゴシップと不買運動。点と点が、ひとつの線で繋がっていく。

彼は殴り込みをするでもなく、スプレーを吹きつけるでもなく、ただそこに立ち、企業とその購買者の闇、ひいては世の中の不正に対し、真っ正面から唾を吐いているのではないか。

これはもしかしたら、とんでもない義の者に取材をしてしまったかもしれない。

「こんなクソ会社のコーヒー、買うな!」

「自分で淹れた方が美味しいですよね!(ズレ)」

「女もあんな、しょうもない*@>¥」

「女?」

「俺がちょっとちょっかい出したら出禁にしやがってクソ会社」

 

 

おまわりさん、こっちです。

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