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コーヒー(1週間ぶり)

前回前々回と、せっかくコーヒーについて書いたのだから少しコーヒーをやめてみようと思い、意識的に1週間やめてみた(せっかく、の使い方は間違っていると思う)。

このブログは生活の糧になっているわけでも、ましてや義務でもないのだが、この1週間は全く書く気が起こらなかった。もし楽しみにしている方が居たなら、すいませんでした。こちらのコーヒー不足でした。

俺はカフェイン中毒なのだろうか。コーヒーをやめるのは簡単だが、コーヒーをやめることで失われる作用なり効能があり、それを手放す事がむずかしい。自分の場合それは「集中力」であり、もちろんコーヒーは飲み物として好きだが、集中力を得たいが為に飲んでいるような節も少なからずある。そういった事を踏まえると集中力中毒と言えないだろうか。「それをカフェイン中毒言うんや」と怒られるのかしら。

ビタミンCを摂る為のレモンだとか、植物性たんぱく質目的の豆腐だとか、現代では一般的な考え方だし別にいいんだけど、少し情緒に欠けるよなぁと感じる打算的な思考というものが確かにあって、それを嫌がる自分も居るのだけど、かといって情緒に全振りした思考というのもイビツな感じがする。全振りは極端だが、つまり何が言いたいのかというと「知ってしまったら元には戻れない」という事である。イソフラボンの効能や、それを豊富に含む食材を知ってしまった以上、豆腐をただ「うまい」と感じる事は出来ない。「あえて知らないようにしておく」と書くと何か変だが、そういう工夫があるか無いかで、楽しみ方というのは随分変わるんじゃないかと思う。食事であれ娯楽であれ、俺はできれば前情報は入れたくない。

 

以前、とある会社のオフィスを案内された際、入り口付近にあったお茶うけコーナー(働いている人達の休憩時の飲み物や菓子が集う一角)に、「イラン支社よりお土産です」とマジックで書かれた箱を発見した。パッケージ上は一体どこまでが1文字なのか分からないタイプの言語で埋め尽くされていたが、写真や小分けされた袋などからそれが紅茶であることはすぐ分かった。すでに半分以上開封されており、そのオフィスの休憩にほのかな彩りを添えているようだった。

だが、その隣に置いてある、大きめの瓶詰め食品が未開封である事を俺は見逃さなかった。決めつけるのは良くないが、明らかに皆から避けられている雰囲気がある。どこまでが1文字なのか分からない商品名を見るに、Fromイラン支社である事は間違いない。瓶の中には赤黒い液体に、何かの実のようなものが浸かっている。商品名の下にその浸かった実の写真があるが、情報量は等倍である。画素数で言えばむしろ減っている。内容物に関するヒントが少なすぎる。

まず甘味なのか漬物なのか判別がつかない。栗の甘露煮のようにも見えるし、某キュウリの漬物のようにも見える。ザーサイっぽくもある。さいあく、白米を用意しなければならない可能性がある。いやいや、パン向きの可能性だってある。

そして瓶に浸かっているので、食べるときには取り分ける小皿や取り出すお玉etc.も必要になるだろう。ものすごく面倒だ。しかも全員が一緒に休憩する訳ではない。一人で開封するのはものすごく勇気が要るし、何か責任が生まれる感じがする。んで、ベタベタするだろう絶対。誰かこぼしたりする。臭かったらどうするの?シュールストレミングみたいな感じだったらどうすんの?誰か持って帰る?ていうか何これ?何でこんなの送ってきたの?

という声が聞こえてくる瓶を見た事があるので、情報ゼロはまずい。

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