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まぁまぁおじさん

何度、この入力画面を開いたか分からない。11月が終わろうとしているが早いとは思わない。「まだ23日なのか」とすら思う。

この1ヶ月は長かった。Twitterで一度だけ弱音を吐いたが、現在コーヒーを含めた一切のカフェインを断っている。

試験的に1週間コーヒーをやめた のとはまた違ってカフェインそのものを摂取しない生活。きっかけはいつも通りただの好奇心である。1ヶ月だけ、と決めて始めた。

はっきり言って、今まで好奇心で断ってきた何よりもキツい。キツかった、ではない。10月26日に始めたから現在進行形だ。なんでまだ23日なんだ。時の流れが遅すぎる。

「コーヒー断ち」とか「カフェイン断ち」で検索すれば色んな体験談が出てくるが、俺の場合は頭痛と倦怠感がひどかった。これに関しては現在はほぼ無い。でもやめてから1週間くらいは大変だった。あまりにしんどいので「好奇心」のみでは早々に釣り合いが取れなくなり「意地」や「根性」「積年の恨み」や「博愛精神」など、とにかく足しになりそうなエネルギーをかき集めて何とか乗り切った。

しかし山場を越えたのもつかの間、調べたどの体験談にも触れられていないある変化が起きはじめた。

それが「まぁまぁおじさん」の登場である。

ちょっと意味が分からなくて怒っている人が居るかもしれないので説明すると、何をするにも「まぁまぁ、アキラ君。いいじゃないの、ね?まぁまぁ」というおじさんが俺の中で暮らし始めたのだ。冒頭で書いたように何度この入力画面を開いたか知れない。俺はこういったブログのネタには困らないたちというか、クオリティはともかく幾らでも量産できる人間なのでネタ・テーマは普段から溜まっていく一方だ。だがいざ書こうとすると「まぁまぁ、アキラ君。月がきれいだよ。ブリしゃぶで一杯やろう。まぁまぁ」とのたまう。そして驚くべきは俺自身がおじさんと手を繋いで月を見に外へ出かけてしまう点にある。

言葉が出てこないというか言葉を連ねて何かを表現しようという意志がすべて「まぁまぁ」に変わっていく。「まぁまぁ、アキラ君。虫の一生は短いらしい。たい焼きでも食べよう。まぁまぁ」

短い言葉なら、とTwitterは更新していたが(結構、意地で)それも2日ほど前におじさんが小さな袋に入れどこかへ行ってしまった。

集中力の低下、といえばそうなのだが、だんだんと集中できない事への苛立ちみたいなものさえ薄まっていき、俺自身がまぁまぁおじさん、いや「まぁまぁ」を超えて、すべてがどうでも良いというか、根拠なき「なるようになっている」感満載で日々を送っている。

こないだのスタジオでこの様子を説明したら玉緒ちゃんに「それはね、恋よ!」と言われた。ちゃいます。

まぁまぁ。

カフェインは巷に溢れかえっているし、俺自身高校生の時からコーヒーばかり飲んできた人間なので、ここらで一度カフェインの無い自分や世界を体験したい、という好奇心で始めたカフェイン断ちだが、結果としてカフェインがいかに世界を自分を制しているのかを思い知った。正直くやしい。カフェインが無ければ何もできないヤツみたいじゃないか。そこに抗いたい一心でこの文章を書いている。この1ヶ月間は生身の、何もブーストされていない自分として生きてきた。それは恐ろしいくらい平穏で、長かった。健闘したが「最高」ではない。まぁまぁは大事な要素だが、最高にはなれない。平穏はまだ早すぎる。

とりあえず最初の一杯は最っっっ高のシチュエーションで飲みます。もう準備はできている。

はい。

カフェインの抜けきったアキラでした。

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