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ブランクについて語るときに俺の語ること

昨年の冬、東京都港区新橋のあたりを一人歩いているときだった。それは何の予兆も前触れもなく、一瞬で心を支配してしまうほどのエネルギーを持ってやって来た。

「バスケがしたい」

 

よし、バスケをしよう。バスケをするしかないんだ。ある種の使命感を携えながらその足でスポーツ用品店に向かう。バスケットシューズ、略してバッシュをゲットしなければ。

「クラブチームとかですか?試合用?」店員のお兄さんは訊ねる。

「いや分かんないですこれから決めるんで」

「あ、久しぶりに。運動不足解消的な感じで」

「ライブは結構動くんですけど」

「ライブ?」

「何でもないですそうそう13年ぶりなんですよ」

「じゅうさんぶりですかぁぁそれは中々聞かないですねぇぇ」

 

小中学校とバスケをやっていた。俺はバスケをすることが好きだった。変な言い回しだが、それを語るのも試合に勝つことにもほとんど興味が無かった、という意味である。球技はどれも好きだが、野球やサッカーにおける「父や兄の影響で実力に差が出る」感じがものすごく嫌で、やらなかった。父親は居ないし基本的に女性の中で育った俺は、始めから使い込まれたグローブを持っていたり特殊なルールを熟知している友達を見るにつけ、格差という言葉など知らなくてもそういうものの存在をはっきりと感じていた。その点、バスケは誰もが初心者であり、まるでパンクロック直後のイギリスの田舎のガレージみたいに、単純で楽しくて、まっさらな可能性に溢れていた。それでもまぁ、いま思えば野球もサッカーもだた「大好き」じゃなかっただけなんだと思う。

 

検索するとエンジョイバスケというものがあるらしく、都内ではそういった「試合とかしないけどとりあえず体育館でバスケしたい人」が集まるチームが多数存在した。その中から一つに絞り込む。「当日はシューズとウエアをご持参ください」とある。そういえばスポーツをする服なんて1枚も持っていない。

次の週。都内某体育館で新しいバッシュ新しいシャツ新しいハーフパンツを着用した俺はニヤニヤが止まらなかった。

動ける。息も上がらない。シュートも入る。パスも回せる。おいおい全然いけるじゃないか。13年のブランクなんて大した事ないじゃないか。体育館中に響き渡る「バスケの音」、外は真冬で俺は汗びっしょり、高い天井のでっかいライトが勝敗の無いゲームを照らしている。

 

休憩中に、ひとり話しかけてきた。

「めっちゃ動けるね!あたしより動いてるし、がははは」おそらく同い年くらいの女の子で、とにかく声がでかい。他の人とのやりとりを見る限り彼女はこのチームのベテランかつ男勝りで豪快な酒飲みの〇〇ちゃん的な立ち位置のようだ。

「楽しくてニヤニヤ止まらないですね〜」

「てか、ほっそいよね〜!あたしゴリマッチョが好きなんだよね〜!!ほんとゴリマッチョ好きぃ」

知らんがな。何なんだ貴様は。と言いかけたが初対面だし、まぁそういうキャラなんだし、次のゲームも始まるし何より俺はいまバスケをする喜びに満ち満ちている。いいんだ。ただ便宜上「ゴリマッチョ」というあだ名は付けさせてもらおう。

 

あっという間に終了。代表が挨拶をする。うわぁ、部活っぽい。チーム代表の男性はさながらシステムエンジニアとして週80時間働く不健康な中年のようだったが、バスケは上手いし、参加する上でのメールのやりとりも丁寧だった。「吉原さん、これからもよろしく!」

着替えをし、解散。解散とは言え、車など直接来ている人以外はみんな最寄りの駅へ向かう。

「飲み行く?行くっしょ!!」ゴリマッチョは台本通りのセリフ、動作でもって見境いなく誘いをかける。俺は先ほどの事もあり一定の距離を保ちつつ歩行していたが、飲みには参加するつもりだった。汗をかききった後のビールは最高だし、未知の交流も面白そうだ。

すると代表が話しかけてきた。

「これからみんなで飲み行くけど、お前は?」

「えっ?」

「飲めるの?」

「飲めます」

計8人ほどで居酒屋に入店。生ビール単品か、生ビール4杯分の値段で指定時間飲み放題、どちらにするかを訊かれる。もちろん後者だ。

「5杯だよ!5杯以上飲むと得だから」うるせえなああゴリマッチョおいコラァ。座れ。乾杯。

吸水性を売りにするタオルが逃げ出すほどの勢いで、ビールが身体中に染みわたっていく。俺は誰にも聞こえないように「スポーツドリンクなんだね」とつぶやいた。しあわせな気分だった。

ざっくばらんに飲み会は続く。かと思われた。

3杯目のビールを飲み干したあたりで、俺は自分の心の中のある異変に気づいた。

それは激しい運動のせいでもアルコールのせいでもない。そしてその異変はその時に気づいた訳ではなく「すでにあった」もので、それを認めた格好だ。

「お前酒強いなぁ〜」タバコをふかしながら代表が話しかける。

「はぁ。」

 

正直に話そう。初対面で”お前”って言ってくる人が嫌いだ。いや、人による。それが似合う、しっくりくる人は居るし、それなら良い。だがお前にお前言われたぁ無いんじゃ俺は。しかも一貫性が無いんじゃお前には。「吉原さん」から「お前」の間に何があったんじゃぼぉけぇええ。

具体的な内容はさておき、他のメンバーの話も、ノリも、雰囲気も、全てが違和感だらけだった。生ビールを律儀に5杯飲んでいるのは俺だけだった。酒豪を売りにしていたはずのゴリマッチョもベロベロになって「ほんとにあたしはゴリマッチョと付き合いたいのぉ〜」とジョッキに喚いている。俺は鍛え上げられていない自らの上腕二頭筋を誇らしく思った。

空きっ腹に酒で、さすがに酔っ払ってきた。基本俺は聞き役だが、酔っ払うと頭の回転が3倍くらいになってよく喋るようになる。そういう特性がある。

隣の席にはチームの副代表とされる女性が居り、飲み会の間じゅう、俺はその声のカン高さと画一的なものの見方に辟易していたのだが、

「あのね、私はね、みーんなのお母さんなの」と言ったコンマ3秒後に

「いやそういうの自分で言っちゃあダメでしょ」と返したのがまずかった。

凍りつくほどでは無いが明らかに場の空気が変わり、優しい人ポジションの男性がおろおろし始めた。どうやらみんなのお母さんに刃向かう事はご法度のようだ。

 

まぁ、でも、これは仕事でも義務でもないし、バスケじゃないし、何より俺は完全に酔っ払っているのだ。

というわけで詳しくは割愛させていただくが俺は「丁寧な言葉ですべてをぶちまけた」のだった。

 

そして帰り道にふと思ったのである。これはブランクだと。つまり体育会系のノリに対する耐性が、13年の時を経てすっかり消えてしまったのだ。

誤解のないよう補足すると、俺は平成生まれだがほとんど昭和な育ち方をしているし、部活も理不尽に怒鳴られ小突かれ蹴られ、水を飲まずにやってきたクチである。初対面でお前と言われても何とも思わなかったし、ゴリマッチョとカラオケに行く事だって出来たと思う。それがいつの間にか出来なくなってしまった。そのチームの人たちは間違っている訳ではない、むしろ正しいノリなのだと思う。だが俺のコミュニケーション能力をどれだけ引き伸ばしたとしても、彼らとの間に横たわる空白を埋める事は出来ないだろう。俺にとって13年は長すぎ、レコードやギターや映画や小説は楽しすぎたのだ。

 

ちなみにその後の活動だが、副代表を中心に明らかに俺への対応が悪くなったので3回行ってやめた。

俺は、バスケをすることが好きで、現在およそ1年のブランクがある。

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