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「君は化けるよ」とビデオ屋の社長は言い、ビデオ屋はぶっ潰れた

レンタルビデオ屋でバイトをするような人間にろくな奴はいない、ということはTwitterやこのブログで散見される俺自身のめんどくさい感じを見てもらえれば分かると思う。

深刻な人手不足社会である昨今、アルバイト先に困る人は少ないのかもしれないが、それでも職というものは決まらない時はまるで血を用いた呪いでもかけられたのかというくらいゴリゴリに決まらないし、決まらない事が少しずつ、しかし確実に人間としての自信や尊厳を削り取っていき、それに比例して堆積する残念なオーラが更に受かりづらい&人として近寄りがたい、面接における印象の悪さの致命的な要素となり、やはり採用には至らず、それを繰り返すうちに、だんだん小さく透明になっていく、という決まらなさの非循環システムとでも言うべき悪夢がこの世には存在する。きっと今も存在する。
「あなたにはもっといいところがあるはずですから」というスーパーの夜勤品出しバイト不採用理由を聞き、これはいよいよ除霊するしかないなと思いつつもおとなしく次の月曜を待ち、地域の誰よりも早く手に取ったタウンワークを目で焼くように熟読し見つけた「レンタルビデオ店スタッフ」の文字、しかも大手チェーンではなく地域密着型の「しょっぱい」店である事を認識したその2秒後には電話をし5秒後には自転車を走らせていた。梅雨も終わりかけた暑い日の事だった。

ガタガタと音を立てながら開く自動ドアと、平面的な蛍光灯の明かり、効き過ぎの冷房装置が吐き出す風が棚のほこりを永遠に揺らしている。客層に「油断」と名付けたいほど部屋着感のある人たちがいつの間にか居たりいつの間にか居なくなったりを繰り返す。駐輪所にある自販機はペプシもマウンテンデューもなぜか500ml缶のみで休憩時間中には飲みきれず、いつも半分余らせてはレジ後ろの棚で常温の砂糖水に変わっていった。

基本的に上の風景がループし続ける、良く言えば老舗、悪く言えば瀕死、のレンタルビデオ屋の仕事を1週間ですべて覚えてしまった俺は以降退屈さと闘いつづづけた。

有線放送を切り、外部出力でピンク・フロイドやルー・リードを流し続けたり、冷房の設定温度を上げたり、マイナーな名作を面出ししたり、爺さんの世間話にあえて法廷のような真剣さで耳を傾けたり、さまざま工夫をしたがすぐに飽きてしまう。時の流れは時給になった途端淀みはじめるらしい。

昔どこかで対バンした弾き語りの人が来て、交流が薄かった為向こうは俺の事を覚えていないが彼は店の常連、というなんとも微妙なシチュエーションの中で、彼がレジに持って来たアダルトビデオ5本がなんとも雄弁にその人自身を語っており、俺はそこから決定的に違うものを感じ取るや、以降必要以上に距離を置くようになった。という体験をはじめ、面白い瞬間はさまざまあったにせよ、時代は配信前夜、大手チェーンの天下であり、その圧倒的な商品量と買い付けの力に個人店は軒並み潰れ、かろうじて30年近く生き残ったこの店も閑古鳥が因数分解を理解し始めるレベルで暇だった。とにかく暇で仕方なかった。

たまにやってくる店長兼社長は背が低めの小太りなおっさんで、およそスタッフの誰からも慕われていないように感じたが、それでも店に入って来た時の空気の変わりようはさすが社長といった趣があり、スタッフに缶コーヒーをおごってお釣りを回収したり社割でAVを借りて立ち去る姿を晒しては一同の尊敬の眼差しを集めていた。

秋も深まる頃、俺はすでに店のレジ締めを含む夜勤の人になっていた。いつものようにレジ締め作業を終え、社長へ売り上げ報告の電話を掛けようとした時、電源を切ったはずの自動ドアが開き、社長本人が現れた。

うわ、めんどくせえな。と俺は思った。というのもその頃はいよいよ売り上げが落ち込んできて、レジに100円の誤差でもあれば社長が目くじらを立てるといったような、働いている人間の多くが疑心暗鬼にまみれたような、嫌〜な時期だったからだ。

説教でもされるのかと思い最後の締め作業をしていると、社長はおもむろにタバコを取り出し、火をつけた。営業中は禁煙だったが「いいよ吸っても」との事。そして缶コーヒーをおごってもらい、釣りを渡し、BGMも無く明かりも半分の店内に、2本分のタバコの煙が立ちこめた。
売り上げを渡すと「いやぁー厳しいね。いや厳しい」と社長。
仮に怒られようが俺にはどうしようもない事なので黙っていると、社長は怒るでも嘆くでもなく、思い出話を始めた。
「昔は凄かったんだよ、朝から晩までフル稼働で。今みたいにDVDじゃなくてVHSだから買い付けと、レンタル用に変える速さと量が物を言うわけ。2階に仮眠室とか作ってさ、泊まり込みでやらせてね、ボーナス渡して。でもう朝にはバチッと揃ってる。他じゃそんな真似できないから、圧倒的だったね。”他の店じゃ借りれなかったけどここならある”って言われ続けてきた」

すぐに2本目のタバコに火をつけ、煙を吐き出す。今はない2階で誰かが眠っているような気がした。

「俺は特に映画が好きとか、そういうんじゃないんだけど、昔から商売の勘があるっていうか、やると当たるのよ、これが。だからレンタルビデオ屋なんてやるとは考えてもみなかった。
ある時アメリカ行ったんだよ、遊びでね。まだ日本にVHSなんて普及してない頃。で、向こうで初めてレンタルビデオっていうものを見て”これだ!”って思ったわけよ。絶対来るって思ったね。いっそいで帰って、で、この店始めたの」

俺は話自体は興味深く聞きつつも、それがあまりに流暢で話し慣れているという事に、申し訳ないんだけど若干萎えはじめていた。しかもその後社長個人の生い立ちにまで話が広がってしまい、気がつけば俺のタバコの吸殻は社長のそれより多くなっていた。
深夜の眠気も手伝い(午前3時)適当に相槌を打っていると、

「ところでさ」

「はい」

「君は化けるよ」

「はい?」

「君は、化けるよ」

「どういう事ですか」

「別に占いとかそういうんじゃないけど、俺ね、昔からそういう勘があるから」

「そうですか、いやありがとうございます」

「いや本当に。君はなんか、やってるんだっけ?」

当時はバンドも組めず音楽活動はほぼ出来ていなかったが、音楽をやっている旨を伝えると

「音楽か、他の何か、とか、それはわからないけどまぁとにかく、化けるから」

何とも性格がひねくれていて大変恥ずかしいのだが、俺はこの時社長が”君は化ける”を餌に俺に社員になれと遠回しに口説いているに違いない、気味が悪いな、という謎&無礼な確信をしていた。すいません。

「いやぁまあでも社員とかにはなれないかなぁって」

「え?あぁ違う違う!違うよそういう話じゃない、だってもう店畳むし」

「え?」

「うん」

そこからおよそ2ヶ月ほどの営業を続け、店は長い歴史の幕を引き、ぶっ潰れた。その最後の数ヶ月間だけ居た俺ですら、店じまいは非常に感慨深いものがあった。
棚もポスターも無くなった店内は信じられないほど広く、中古販売のセールには信じられないほど客が来た。惜しむ声があとを絶たなかったが「お前らが来ないから俺が暇だったんだぞ」というのが正直な感想だ。

その跡地にビデオ屋が立つ事もなく、世の中はあっという間に配信サブスク全盛となり、猛威をふるっていた筈のチェーン店は見向きもされなくなり、店舗数は年々減少傾向にあるという。「ビデオを借りに行っていた」事がすでに多くの人にとって懐かしい事になり始めている。

地域で圧倒的な強さを誇ったビデオ屋が、チェーン店に圧倒され閉店し、そのチェーン店を配信が圧倒している。この巨大な食物連鎖のような流れはここ数年の間、さまざまな業種で見られた。
今あるものを、今度は何が圧倒するんだろう。

一緒に働いた人達や社長とはそこで縁が切れてしまい、現在は一切連絡をとっていない。

この店の会員カードをいまだに持っている。

それを見るたび、あの時社長が言った

「君は化けるよ」の一言と、

小汚くてどうしようもないあのビデオ屋を思い出すのである。

もうそろそろ俺、化けたいんだが。

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