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今年はわかりやすく梅雨入りしたように思う。去年だか一昨年はカラ梅雨だったように記憶している。雨やジメジメはあまり気持ちのいいものではないが、今年は雨が少なかったせいか、週間予報にズラッと並ぶ傘のマークがなんだか清々しく感じられる。
現在よりも子供の頃の方が四季の巡りがはっきりしていたような気がするが、どうなんだろう。学校の年中行事や教室の掲示物に騙されていただけかもしれない。四季を感じる能力は大人である現在の方が優れているのだろうか。それとも大人になるにつれ失われてしまうのだろうか。

雨が続く。しばらく夕日を見ていない事に気づいて、唐突に、昔やったゲーム「スーパードンキーコング」のジャングルの夕陽がとても綺麗だったことを思い出してYoutubeを漁ってみたが件の夕日を映し続ける動画はなかったので、仕方なくゲームで無くリアルの焚き火を映し続ける動画を見ていた。知らない方に説明すると、ただひたすら焚き火の映像が続く動画だ。説明するまでもない。自分の手や髪の毛から焚き火の匂いがしてくるくらいの没入感があり、大変よかった。

そして何かが刺激されたのか、ふたたび唐突に、ひらがなの練習をしていた頃を思い出した。夕飯の前、強烈な西日に照らされながら、大きめのプラスチックの箱を逆さにしたものを机がわりに、3歳年上の姉からひらがなの書き方を教わっていた。

俺はひらがなの「あ」が書けなかった。「あ」。そして「教える」とは名ばかりの「嘲笑」をメインに採用した姉の指導方針と、たかが「あ」を書けない悔しさに、俺はすでに涙が枯れるほど号泣していた。だって、「あきら」の「あ」である。「あ」が書けないということはイコール自分の名前を書けないという事なのだから悔しくて当然だ。

「き」も「ら」も書けた。だが「あ」が書けない。

「あ」に似ている「お」に挑戦してみる。書けた。やった。

「”お”が書けるのに”あ”が書けないはずがない」と揶揄する姉を無視しながら再び「あ」に挑む。

一画目、横棒を引く。大丈夫。

二画目、縦線を上から下へ、
俺は何故かそこでペンを離すことが出来なかった。

「そこで!離すの!」
「ゔゔゔゔゔゔゔゔゔ」
「離すだけでしょ!!」
「ゔゔゔゔっゔゔゔゔゔゔ」

そしてペンを離すことが出来ないまま、「お」の出来損ないのようなダイイングメッセージ的象形文字が紙上に量産されていき、俺はさらに泣いた。小さい頃は何か出来ないことがあるとすぐ泣いていた。いつの間にか夕日も沈んでいた。

この、「二画目の終わりでペンを離す」ことが当時の俺にとってとてつもない恐怖だった。三画目に移行したくないという気持ちがあったかもしれない。大人になった今振り返ってみると、ペンを離さない事で三角目に移行するという現実から逃げていたように思う。俺は三画目が怖かった。三画目の入りはどうだろう、今まで平穏によこ、たて、と来ていたのがいきなり想定もしなかった「右斜め上かつあらかじめ引いておいた横棒の下」という、トリッキーな角度からの書き込みを求められるのである。控えめに言って異常事態である。そして対角へ筆をすすめるやいなや突如ヘアピン旋回。危険極まりない。ペンが滑って人(この場合は姉)を刺すおそれがある。そしてすでにある縦線をまたぐだけなら容易ではあるがそれと同時に入射角から考えてちょうど「✖️」を描くように角度調整を行い、そこを過ぎた時点でちょうど河川が生み出す中洲地帯のような美しい三角形を作り出さなければならない。仮にヘアピンの切り返し角度が急すぎた場合、この美しい三角形は生み出されない。由々しき事態である。それだけは何をもってしても避けたい。俺はそんな人間にはなりたくはなかった。生み出されるはずのものが自分のペン先の操縦次第では生み出されなくなってしまう、その責任は非常に重い。俺が正しい「あ」を書けなかった分、書かれなかった「あ」が存在する、というある種のパレレル・ワールド的思考をしていた。どうかしていた。そういった巨大なプレッシャー、自負との戦いがあった。そして今後の人生俺は自分の名前を描くたびそのプレッシャーと戦わなくてはならないのかと思うと夕飯も喉を通らなかった。

「”め”に似てるよ」と姉が言った。彼女いわく、

「”め”の最初の線を伸ばして横棒引きゃ、”あ”じゃん」

俺はため息をついた。この女には美意識というものが欠落しているのか。仮にそれで「あ」が書けるようになったとしても、それは「あ」とは違う「”め”から書いた”あ”」でしかない、という事、そしてそれが名前に「あ」を持つものの人生にどれだけの悪影響を及ぼすのかという事を、この女は分かっていないのだ。たしかに「め」は「あ」に似ている。そんなことは俺もひらがな50音表を見た時から分かっていた。自慢ではないが洞察力には老若男女問わず定評があるのだ。へへへ。だがただ似ているからという理由でそれを「あ」筆記へのプロセスに導入しようという考え自体がナンセンスであり、事情を知らない者から、「ひらがな全体への冒涜だ」と言われかねない。そうしたコンプライアンスを蔑ろにする姿勢への抗議として俺はさらに泣いた。俺は突然の「め」案の登場に困惑、動揺し、混乱の果てにめっちゃくちゃ泣いた。

で、どうやって「あ」が書けるようになったのかは今だに思い出せないし、俺は全然泣かない大人になってしまったし、窓の外は暦通りのしつこい雨が降り続いている。

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