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いったい何が余っているというのだろう

初めての方への説明です。
これは僕がとある仕事の報酬で手に入れたスターバックスのカード15000円チャージ済みを、「知らない人に会ってスタバを奢って自分の知らない話をひたすら聞く」だけの為に使う企画で、その取材をまとめたブログです。
今回はその第2回となります。第1回はこちら
雰囲気重視なので録音無しの記憶のみ、読み物としての流れや個人の特定に繋がる情報、万一相手の知り合いが見た時にまずい話題は避けた為、実際の会話から大部分を割愛させていただきました。劇的な話やえげつない話は出て来ません。
では何の為にこんなことをするのかというと、全然わかりません。でもこういう事が続くと良いなと思っています。


「”もって5年”って医者にはっきり言われましたね」

「でも今こうして喋っている、と」

「3倍近く伸びちゃってる。健康情報なんて嘘ばっかりだよ笑」


その日も雨だった。
この数ヶ月の間に、おそらく相当数の晴れ男晴れ女がその信用を著しく損ない、多くの乾物屋が店をたたみ、使用頻度が高すぎるせいで置き忘れられなくなった傘の売上が減少した、かもしれない。
傘はずっと濡れていた。渋谷駅前のスクランブル交差点で無数の傘が行き交う。巨大な液晶画面の光が曇天を照らし、近々開催される音楽フェスの出演アーティストが紹介され、その大きな音がそこに開かれたすべての傘を振動させた。傘を閉じる者は居なかった。

僕は待ち合わせ場所に居る Bさん(男性40代)がすぐに分かった。Twitterで顔写真は見ていたが、そういう情報がなくても分かったと思う。言葉で説明するのは難しいが、何となく分かる確かな事というのは、ある。実際のBさんは写真で見た印象よりずっと背が高く、髪は長く、その頭に載った麻の帽子はよく乾いていた。

「皆、根っこが生えちゃってるみたい」
客席を見るともなしにBさんが呟く。
初めに入ったスクランブル交差点前の店が満席だったので、渋谷マークシティ店に移動。しかしそこもほぼ満席で皆、席を立つ気配がない。辛うじてスタンド式のカウンターが空いていたのでそこで話を始め、暫くしてのひと言だった。その細く長い目はあくまでも穏やかであり、席を離れない彼らを揶揄するものでは無かった。
Bさんには根っこが生えていない。
若くして地元を離れ、各地を転々としたのち、現在より14年前、肺の細胞が萎縮していく難病に罹った。完治する事は無いという。余命を告げられた後もそれまで住んでいた地を離れ、紆余曲折を経て現在愛知県に住んでいる。冒頭のやりとりにあるように彼は宣告された余命のほぼ3倍生きた上で僕にスタバを奢られる為にはるばる愛知県からやって来ており(当然別の用事も込み)、あろうことかたまに煙草を吸うらしい。

「肺の病気で煙草は凄いですね、、、ヤケクソでやっちまえー!っていう感覚なんですか?」
あまりに自由すぎるので率直に訊いた。

「医者に余命宣告されたあとはね。もう絵に描いたような自暴自棄になったよ。もうヤケクソ。でも途中から、あれ?なんかいけるな、みたいになってからは違うなぁ、どう言って良いか分からないけど。好きな事はしてる、でもヤケクソとは違うなぁ。煙草もそんなバカバカ吸う訳じゃ無いし」

「そうなんですね。絵に描いたような自暴自棄っていうのも凄そうですね」

「ずーーーっと機嫌が悪くて。友達と飲みに行っても必ず揉めて、、ひどい時期だったね」

「よく映画やドラマで”余命幾ばくも無いんだし、何でも好きな事やってやるぞー!”ってあるじゃないですか。ああいう気持ちはありましたか?」

「そういう感じは無かったんだよね。俺だけなのかな、今でもそれは無い」

「なるほど。では病気をした後に愛知へ越したのは、そういったものとは別の気持ちから、ということですか」

「友達の前で、それまでの自分として居られなくなるのが辛くてね」

「それは…」

死、というものを考える時、生、生きる事も考える。死を意識して初めて命ある事の有り難さ、生きている事の素晴らしさを理解できる。生の反対が死であり、死の反対は生。光と影、陰と陽、そんなイメージがある。余命の宣告があれば自分にとっての死はとつぜん巨大なものと化し、それに比例して巨大になった生を生きる、残された生を生きよう、と思う。
そんなイメージをあらゆる映画やドラマが物語っているし、それらは実話、ノンフィクションである事が多い。
でも僕は自分がした質問の内容とは別に、そういったイメージに対してかねてから疑問があった。もちろん自分が余命を告げられた経験が無い以上分からない、という事があるけれど、もっと単純に「生の反対が死ではない」と考えているからだ。
この世に死んだ事のある人が存在しない以上、それは誰にも分からない。だから勝手に考えるしかないのだが、もし生の反対が死であるなら、「死から生へ戻って来れなければおかしい」と考えている。夜は朝になり、朝は夜になる。様々な立場あれど正義や悪は入れ替わる。対象なものは、相互行き来が可能だという認識がある。そんな中で生命の死だけは死後ずっと死んでいる。再び生き始める事はない。不可逆という言葉もあるが、死についてはっきり分かる人が居ないので、とても不思議な事だと思う。
僕は昔一緒にバンドをやっていた友達が死んでしまったのだけど、どうも彼が「生の反対側に行った」という感覚が無いのだ。これは「何となく分かる確かな事」のひとつだ。この世に生きていない事は悲しい。だが彼が「ただ死んでいるだけなのだ」と考えるようになってからはそこまで悲しくは感じない。「生の対」という認識が「再び生き始める可能性」を図らずも生んでしまう事で、その可能性やまぼろしを僕は悲しんでいたのかもしれない。

僕はBさんが「死を意識し、生を謳歌する」方向に走らないその姿勢に思わぬ共感を憶えた。何なら、静かに感動していた。普通に生きてるみたいなのだ。だが、それが生きるという事なんじゃないのか。
だから余命と言っても、いったい何が余っているというのだろう。と思う。今日、事故で死んでしまう人は何か余っていたのだろうか。ただ平等に今が存在し、ただ我々は生きていて、それが先端であり、その先には何も余ってはいない。

「今日は急用が入って、このあと神奈川に行かなきゃならなくて」

「あ、すいません。時間大丈夫ですか?」

「時間は大丈夫なんだけど結構ヘヴィでね、正直いま気が気じゃないというか」

「どうしたんですか」

「神奈川の時すごくお世話になった人が亡くなったって。昨日友達から聞いて」

「え?」

「それで、自殺だって聞いて」

このあと僕はBさんの生い立ちを聞いたり、また僕のバンドに興味も持ってくれていたようで、自分の話も含め沢山の会話をした。でも正直、僕の頭の中は「生きるとはなんだろう」「死ぬとはなんだろう」という事でいっぱいだった。余命宣告の年数をゆうに超え生き続ける人も居れば自ら命を絶つ人も居る。僕は「ただそういう生が、死があった」という事以外は書けない。実際、何度も書き直したが、この話をお仕着せの「いのち」を語るストーリーになんて出来なかった。

Bさんは最後に
「なんか俺はさ、他人に自分の話あんまりしないんだけど、なんか話してるうちに夢中になっちゃって、神奈川行く事忘れちゃったよ。アキラ君ありがとう。これから泣いてくるよ」
と言ってじっと目を見て、握手をしてくれた。

なにも余っていない言葉だった。そういえば「するつもり」「〜したい」なんて話はしなかった。「ライブ見に行くよ」と言っていた。

14年前から、それよりもっと前から、根無し草のBさんに”余り”なんて無かったのだ。

映画みたいに劇的じゃなくてもいい。死に担保されない生でありたい。


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