「場」のない私たち

  • 2020年5月21日
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JR西荻窪駅の改札を抜けて右手、南口を出てすぐ左に細い通路がある。
パチンコ屋の裏側、高架下ということもあり年中薄暗い。駅前の導線としてはパチンコ屋の正面側を通るように階段やスロープが設置されているが、私はその薄暗くて湿った細い通路を「正規ルート」としている。薄暗さはつかの間、信号を渡り、その先にあるみずほ銀行のATMで2万円おろす。ここは狭いのに入り口と出口がそれぞれ一方通行扱いだ。入った扉から出ようとして次の客にぶつかりそうになる。ATMコーナーを出、右へターン。マクドナルドの脇、広めの道の右側をこれまたパチンコ屋に沿って進む。居酒屋、酒屋、洗体ソープ、文字にするとなんだか香ばしいが、実際通ってみればなんてことない街の風景である。左手には潰れかけのレコードショップがあった。あった、つまりもう閉店している。端的に言って私は、以前からこの店に興味が無かった。ピンク色が褪せ、すかすかに抜けたビニルの庇を残したまま、閉じたシャッターにテナント募集の貼り紙がしてある。興味が無かったとはいえ、シャッターが降りているというのはやはり寂しい。
曲がり角には八百屋があり、そこを右折した先に「喫茶それいゆ」がある。私はここで数年間アルバイトをしていた事があるのだが、その話はまたいつかどこかで書きたいと思う。何を食べても飲んでも最高なので、密にならない程度に行ってみてください。

その喫茶それいゆをぐるりと周った裏手にあたる場所に「ファンレコード」がある。こちらも先ほどの店同様に潰れかけのレコード屋だが、私は以前から興味があるどころか、かなりお世話になっていた。

そのファンレコードが潰れた、と聞いて私は様子を見にきたのだった。増水した川の様子を見に行くのはとても危険だが、閉店したレコード屋は、ただ閉店しているだけだった。

挨拶の貼り紙すらない。いつもの案内が2枚貼られているだけだ。また明日にでもシャッターを開けそうな雰囲気だが、閉店はまぎれもない事実である。1983年から37年間もやってたらしい。
思えばあんなに愛想の無い親父も今どき珍しかった。私は店を回していた親父を2人認識しているが、そのおそらくメインと思しき店主は「あんた何しにきたの」オーラがすごかった。いや、レコード買いに来たんだよ。訊かれてもないのに逆ギレで答えそうになる。いつも決まったラジオ番組を聴きながらたまにフフと笑ったりして、会計時には不機嫌とまではいかないがやはり「何しにきたの」オーラを放出しながら値札を取り合計金額をきわめてドライな口調で伝える。いや、レコードを買いに来ただけだから、いいんだけどさ。
間違っても「〇〇のアルバムありますか」なんて野暮な事を訊いてはいけない。この「回」の字ほどしかない狭い店内に「見つからない盤を探してくれる愛想の良い店主」なんて存在できないんだよ。形を留めておけないんだ、物理の法則でそう決まってる。私はもちろんそんな野暮な真似はしないが、「うわあ、とってもいい感じの、まちのレコード屋さんだぁ」という「西荻窪の陰か陽で言ったら確実に陽をつかさどる方のノリ」で入ってきたカップル相手にそういうTHE塩対応をかましているのを何度も見た。まったく、あんたたち、何しにきたの。

一応メインはジャズなのか、そういう配置になってはいるが、他のレコ屋と同様ロックやポップスも多く売られている。一応メインはジャズなのか、と邪推する理由としてはロックの売り方が明らかに雑だからであり、4枚1000円ぐらいで投げ売りされてる箱があったり、壁の棚に入りきらない盤が「ROCK K〜L」と書かれたダンボールにぎちぎちに詰められ、収納というよりは引っ越し当日のかたちを保ちながら床に置かれていた。私はそのダンボールの中や、そのダンボールをずりずり押して退けないと見られない壁の棚の1段目「ブルース、ソウル、R&B」に用があったのでいつも難儀した。もう1人の店主はレコードを検盤しながらジャズドラムの叩く真似ばかりしていてこれはもう閉店したから言うがまじで目障りだった。

ここで見つけたレコードで真っ先に思い浮かぶのは

”Sam Cooke Live At The Harlem Square Club, 1963” である。
「サム・クックのハーレムスクエアってライブ盤がやべーんだよ、ほんとやべーとしか言いようがない!絶対聴いて!!」とバンドマンの友人に鼻息荒く勧められるまで、私はサム・クックを聴いた事が無かった。
ふーん、と思って翌日、バイト終わりの夕方に例の1段目を探すと、あった。決して珍しいレコードではないが、私は比較的こういう時に探し物がスッと見つかる。

裏ジャケに”ONE NIGHT STAND”とあるが、このライブは、当時白人向けに洗練されたポップスを歌うスターとして活動していたサム・クックが”一夜限り”で黒人の聴衆相手に”ソウル”を演った、という内容で1963年に収録したのにもかかわらず「あまりにもソウルが過ぎる」という理由で1985年までリリースされなかったやべえライブなんだ、っていま鼻息荒くキーボード打ってます。

閉店したレコード屋の様子を見て、帰宅した。久々に”ハーレムスクエア”を聴いてみる。初めて聴いたあの日と同じくらいの衝撃、感動した、圧倒的なライブ、このレコードを讃える言葉をたくさん知っているが、2020年現在の私は、初めて感じる気持ちで胸がいっぱいになっていた。

「あぁ、場だ」

場があるという事、場のパワーについて、ずっと考えていた。
毎日のように場が失われている。テイクアウトした料理を家で食べても、画面越しに酒を酌み交わしても、楽しいけど何か違うよな、と感じる。
「やはりお店で食べるという事はそれひとつで大きな価値があるサービスだと気づいた」云々の意見も見た。基本的に同意だ。

だが、心のどこかで納得がいかない。もう更新をやめてしまったTwitterを見ながら考える。皆正しい事を言ってるように見える。そして実際に正しい事を言っているのだ。正しい言葉が正しい速度で撃たれ、相手を蜂の巣にする。数が増えれば増えた分だけ威力が増す。重力も空気抵抗も無い空間で、怒りも悲しみも恐ろしく速い(そして恐ろしく無責任な)スピードで飛び交っている。

サム・クックの強靭な歌声は、キング・カーティスの下品一歩手前のサックスは、そして名前は分からないがこの素晴らしいうねりを持つドラマーは、重力や空気の抵抗を受けている。当たり前だ。でもそういったエネルギーの話とは別に、「場」には「均す(ならす)」力が働いているんじゃないかと、聴きながら思う。均す、あるいは原液を適切な濃さに薄めるような、緩衝材のような力が働いているような気がしてならない。

多くの「場」が失われた今、全てがダイレクト過ぎ、速過ぎる。
他人の意見も、欲望も、悲しみも嫉妬も猜疑心も、透けて見えるどころかダイレクトに、希釈ゼロで頭に入ってくる。究極の2択の答えを5秒以内に出せと迫り、2日後には迫った事すら忘れている。人の思念とはそういうものなのだろう。いや、そういうものなのだろうか。
今までは「場」が人間それぞれの思念を希釈し、均し、ほぐし、検証し熟考する隙間を与えてくれていた、と私は考える。「会って話してみれば何てこと無かった」に代表される、ネットにおける言語中心のやりとりの精神的な裏どり、答え合わせの役割を「場」が果たしていた事を痛感する。ひとつの空間があって、そこに人が集まり関わりあう中で、いかに我々が「場の力」救われていたのかを痛感する。
それは「ムード」と言い換えることも出来るだろう。

 

私はただ閉店の様子を見に行ったのではなく、ファンレコードの、西荻窪の「ムード」で頭の中を希釈したかったのかもしれない。

「あんた何しにきたの」と親父に言われそうだ。

 

今後、私はこのホームページを「場」として、これからブログに限らずたくさん更新していきますので、よろしくです。
勿論いいねもフォローも無い空間なので、適当にこっそり見てってください。
失ったものを、真剣に、取り戻さなければいけないと感じています。

 

ぜひ聴いて、感じて欲しい。パフォーマンスは勿論素晴らしいが、何より1963年、一夜限りの、この「ムード」を。
さまざまな気持ちが、想いが、高まり続けて、それでも破綻しない「場の力」を。
Spotfyのリンクです↓

YouTubeは曲ごとに上がってるけどあえて選ぶならこちら。